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仙台高等裁判所秋田支部 平成5年(ネ)124号 判決

控訴人(附帯被控訴人) 土田周こと周輝

被控訴人(附帯控訴人) 土田道男

主文

一  原判決中、主文第一項を次項のとおり変更する。

二  被控訴人(附帯控訴人)は、控訴人(附帯被控訴人)に対し、金100万円及びこれに対する平成4年6月30日から完済まで年5分の割合による金員を支払え。

三  控訴人(附帯被控訴人)のその余の請求及び附帯控訴人(被控訴人)の本件附帯控訴を棄却する。

四  訴訟費用は第一、二審を通じてこれを2分し、その1を控訴人(附帯被控訴人)の、その余を被控訴人(附帯控訴人)の各負担とする。

五  この判決の第二項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

(控訴事件につき)

一  控訴人(附帯被控訴人)

1 原判決中、控訴人敗訴の部分を取り消す。

2 被控訴人は、控訴人に対し、金280万円及びこれに対する平成4年6月30日から完済まで年5分の割合による金員を支払え。

3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人(附帯控訴人)

1 本件控訴を棄却する。

2 控訴費用は控訴人の負担とする。

(附帯控訴事件につき)

一  附帯控訴人(被控訴人)

1 原判決中、附帯控訴人敗訴の部分を取り消す。

2 附帯被控訴人の請求を棄却する。

3 訴訟費用は第一、二審とも附帯被控訴人の負担とする。

二  附帯被控訴人(控訴人)

1 本件附帯控訴を棄却する。

2 附帯控訴費用は附帯控訴人の負担とする。

第二当事者の主張

当事者双方の主張は、原判決の「第二 事案の概要」に摘示のとおりであるから、これを引用する(原判決1枚目裏8行目の「第二」から同3枚目裏6行目の「ある。」まで)。

第三理由

当裁判所は、原審と異なり、本件離婚慰謝料の額は金100万円をもって相当とし、また遅延損害金の起算日は原審での本件訴状送達の日の翌日である平成4年6月30日であると判断するものであるが、その理由は、原判決7枚目裏6行目の「そこで」から同未行の「ある。」までの記載を次のとおり改め、かつ付加訂正する外は、原判決の「第三 争点に対する判断一1ないし4に説示するとおりである(ただし、原判決3枚目裏7行目の「第三」から同7枚目裏5行目の「ある。」まで)から、これを引用する。当審において新たに取調べた証拠によっても、右認定判断を左右するに足りない。

(当裁判所の判断)

そこで、本件慰謝料額の算定についてであるが、離婚慰謝料は、離婚したことにより受けた精神的苦痛を慰謝するものであり、離婚した者がその離婚調停成立当時どこで生活していたかとの点も考慮すべき一事情であることは否定できない。しかし、本件慰謝料が日本における婚姻生活の破綻に基づき現に日本において請求されていることに照らすと本件慰謝料額を算定するに当たっては、控訴人の中国に帰国後の同地の所得水準、物価水準如何は、逸失利益の算定の場合と比較してさほど重視すべきものではなく、かえってこれを重要な要素として慰謝料の額を減額すれば、被控訴人をして、一般的に日本人である妻と離婚した者の支払うべき慰謝料の額と対比し、不当に得をさせる結果を生じ、公平を欠くこととなると考えられる。当裁判所は、以上の理由により、前記で認定した事実関係(控訴人が既に中国に帰国している事実も当然に考慮して)のもとにおいては、本件で被控訴人に負担させるべき慰謝料の額は100万円をもって相当と認めるものである。また、本件慰謝料についての遅延損害金の起算日は、右事実によれば、本件離婚による控訴人の精神的苦痛が原審での訴状送達による慰謝料請求の段階ですでに発生していたことが認められるので、本件訴状送達日の翌日である平成4年6月30日とするのが相当である。

(原判決の判示の付加訂正)

一  原判決5枚目裏8行目の「遠避けて」を「遠ざけて」と改める。

二  同6枚目裏4行目の「に対し」とあるのを「について」と改める。

第四よって、控訴人の被控訴人に対する本訴請求は金100万円及びこれに対する平成4年6月30日から完済まで民事法定利率年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で認容し、その余は失当として棄却すべきところ、これと結論を異にする原判決を右のとおり変更し、本件附帯控訴はその理由がないから棄却して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松本朝光 裁判官 手島徹 富川照雄)

主文

一 被告は、原告に対し、20万円及びこれに対する平成5年9月17日から完済まで年5分の割合による金員を支払え。

二 原告のその余の請求を棄却する。

三 訴訟費用はこれを10分し、その1を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、300万円及びこれに対する平成4年6月30日から完済まで年5分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一 中華人民共和国(中国)国籍を有する原告が、日本国籍を有する被告と結婚したが、離婚及び慰謝料を求める裁判を起し、その後調停により離婚した。本件は、離婚の原因は専ら被告にあるとして、民法709条により、離婚に件う慰謝料を請求した事案である。

二 当事者間に争いのない事実等

1 原告は、1965年(昭和40年)12月30日、中国四川省成都市において、父周志宏、母崔玉富の間に出生したが、幼少の頃父母が離婚したため、叔母谷桂蘭に引き取られて養育された。

2 被告は、昭和30年1月8日、秋田県仙北郡○○町において、稲作農家を営む父土田良久、母土田伸子の長男として出生し、本件婚姻当時は本籍地である同郡○○町に住んでいた(甲1、24の1、2、28)。

3 良久は、「日中友好文通の会」を通じるなどして原告と文通を重ねた後、被告を紹介し、原告と被告は、平成元年2月頃から文通を重ねて結婚の合意に達し、同年8月、両家族の承諾を得て縁談が成立し、被告は、原告側に結納の金品を送った。

4 平成2年11月、被告は良久と共に中国四川省成都市を訪れ、同月26日、原告と同国四川省の方式に基づいて婚姻し、同年12月8日には被告の本籍地である○○町に証書を提出した(甲1、3、24の1、2)。

5 原告は、平成3年4月8日来日し、被告と共に東京、鎌倉方面を旅行した後、被告肩書き住所地で、良久、伸子、祖母土田ヨシと同居して被告との婚姻生活に入り、原被告は、同年6月30日、日本での結婚披露宴を行った(甲7)。

6 原告は、同年12月30日、良久の制止を振り切り、玄関前の雪の上に仰向けとなり、「助けて」等と大声をあげ、手足をばたつかせた。被告は説得を試みたが、原告はこれに応ぜず、一人で○○警察署へ行った。同署係員は帰宅するように勧めたが、原告はこれを拒否し、中川恵美の迎えを受けて、同女宅に向かった。以後、原告は被告の許に戻らず、別居となった。

7 原告は、翌31日、病院を訪れて診察を受け診断書を受領した。その後、原告は、秋田市に行き、三代川均と接触し、○○大学留学生会館での忘・新年会に出席し、○○○○○ホテルに泊った。また、翌年1月3日、レジャーランド「○○○」にも行った。中川宅には同月6日に戻った(証人中川、原告)。

8 原告は、原告代理人を通じて、秋田家庭裁判所大曲支部に離婚と慰謝料の支払いを求める夫婦関係調整の調停を申立てた(平成4年(家イ)第××号)が、被告は、窃盗及び暴行を否定して円満同居を主張し、結局、平成4年4月27日、合意の成立の見込がなく終了した(甲6、原告、被告)。

9 原告と被告は、平成5年9月17日、秋田家庭裁判所大曲支部における調停により離婚した(平成5年(家イ)第××号)。

三 争点

原被告の婚姻生活の破綻は、専ら被告の暴行と窃盗の常習性とによるのかどうか、これを肯定した場合、慰謝料額をどの程度とすべきか、その際、中国と日本との物価水準の違いは慰謝料の算定の一事情となるかどうか、である。

第三争点に対する判断

一 離婚慰謝料の有無及び算定における考慮事由

1 原告に対する暴行について

(一) 原告は、被告及びその家族から度重なる暴行を受けた、特に、平成3年12月頃の暴行により、右下肢・左上肢・頭部に打僕傷を受け、更に皮下出血・圧痛を呈した、と主張する。

(二) 証拠(甲5、6、8、20、証人中川、原告)によると、以下の事実を認めることができる。

(1) 原告は被告から平成3年11月ころに暴行を受けた。これは、原告が自分宛の電話に急いで出る為に部屋のドアを開けたままにしたことを被告が注意し、これに原告が反発したことから、被告は手挙で原告を殴打し、髪を引張るなどの暴行を加えたものであるが、原告は格別治療も受けなかった。原告は、中川に対し、被告が原告を愛しているから加えたもの、と好意的に話した。

なお、この件は、被告が電話機を窃取する一因ともなった。

(2) 原告は被告から同年12月28日の暴行は、被告が原告の質問に答え、成都市は「地方」だと答えたことから口論となり、結局被告が原告の腕・足などに暴行を加えた。その後、原被告の態度の不自然さを心配した良久が、同月30日、原告と話をしようとして居間に来るよう腕を掴んだところ、原告は前記の行動となった。

被告からの暴行による負傷の程度は、湿布、飲み薬などで足りる程度のそれ程重大なものではなかったが、原告は、翌日被告から受けた暴行の結果を残すことを意図して町立○○○病院で診察を受けた。そして、前記の通り、原告は秋田市へ出掛けて行った。

(三) 原告は被告から度重なる暴行を受けたと主張するが、原告の暴行は以上の2回についてのみ認める事ができる。この点についての原告の供述は採用できない。

2 被告の窃盗の常習性について

(一) 原告は、被告及びその家族の者が、秋田県大曲市周辺のデパート、スーパーマーケット等で、鞄、靴、カセットデッキ等を多数回にわたり窃取することを目撃し、更には、被告から盗みを手伝うように要求もされ、ショックを受け結婚生活に絶望した、と主張する。

(二) 証拠(甲3、4、6ないし23、25、28ないし30、証人中川、原告、被告)と弁論の全趣旨によると、以下の事実を認めることができる。

(1) 原告は、平成4年5月頃、三代川均と共に○○警察署を訪れ、被告はかなりの店舗から泥棒をしている旨申告した。これにより警察の捜査が始まり、その結果、被告は11回にわたり12点合計約27万円相当の商品を窃盗(万引き)していたことが判明し、同年7月16日、懲役1年2月3年間執行猶予の有罪判決を受けた。

(2) 原告は物質的要求が強く、しかも高価なものもあったが、被告にはこれに答えられるだけの資金的な余裕がなかったことから、被告は原告に不自由を掛けさせたくないため、原告の欲しがるままに、あるいは原告に必要と考えられる商品の窃取を繰り返した。右窃盗中には、自ら使用する必要に迫られて窃取した物はない。

(3) 被告は商品を窃取する店に原告を同行したことがある。その際、被告は原告に現場を見られないよう遠避けていたが、原告は、平成3年6月中旬ころの腕時計及び同年11月下旬ころのハイヒールなどの各窃盗を目撃した。その他、原告は、被告から渡された物のうちには盗んだ物も含まれていることを予測していた。

(4) 原告は、平成3年10月頃、中川と電話で話したり会ったりした際、被告が、時計、電話機、カメラなどを盗んだことを話し、盗みは悪いことであるから止めて欲しいとの心情を漏らしていた。

(5) 被告は、平成3年夏頃、大曲市内の店舗から自動車の座席カバーを窃取して警察官から取り調べを受け、注意されたことがあった。

(三) 以上の事実によると、被告には窃盗の常習性は認められないにしても、商店から商品を万引きし、これが為に原告に止めて欲しいとの気持ちを持たせていたものというべきである。

3 その他の慰謝料の算定に当り考慮した事由

証拠(甲6、8、乙10、13ないし15、17の各1、2、原告、被告)によると、以下の事実を認めることができる。

(一) 原告と被告が法律上の夫婦であった期間は、平成3年11月から同5年9月17日までの約1年10箇月間であるが、同居した期間は平成4年4月からの約8箇月間である。

(二) 原告は、被告及びその家族に対し、「暴行、虐待を受けて追出された、被告の家族みな泥棒、被告は性的不能者だ。」などと言いふらしている(このような事由が真実であるかどうかを問わず、言いふらすことは許されない。)。

(三) 被告は、原告の要望により、原告の両親らに衣料品、時計、灰皿などを送っている。

(四) 被告は、原告の物質的欲望を満たすためなどに、貯金を使い果たし、更に所謂サラ金から借財をしていた。平成3年12月末頃の元金は30万円程度であった。

(五) 被告は、原告に農業経験がないことから、農作業を時間をかけて覚えてもらうこととし、来日当初である平成3年では、殆ど見学ないし補助程度であり、被告は、主に家事、炊事などを分担した。

(六) 被告は、結納金品の費用、原告への送金、被告及び良久の中国訪問費用、原告の来日費用、原告の為の婚礼家具、結婚披露宴費用など、相当多額の費用を負担した。他方、原告の支出した額は明らかではないが、被告支出額を相当下回るものであったと推測される。

(七) 原告は、平成4年9月28日の原告本人尋問終了後帰国し、以後中国で生活している。

4 以上の1、2の各事実によると、夫婦間の暴行はそれ程重大な状況にあったとは言い難いし、また窃盗事件自体も被告は常習であったとは言い難いところであるが、婚姻して中国から単身来日し、被告以外に頼るべき者のいない原告の立場からすれば、これらの事由により相当のショックを受け、婚姻生活に失望し、離婚を求める気になったとしてもやむをえないものと考えられる。従って、被告は原告に離婚に伴う慰謝料を支払うべき義務がある。

そこで、その場合の慰謝料額についてであるが、前記1ないし3で認定したところによると、慰謝料としては、20万円とすることが相当である(なお、付言するに、離婚慰謝料は、離婚したことにより受けた精神的苦痛を慰謝するものであるから、離婚した者がどの地で慰謝料を費消することが予定されているか、いい換えると、離婚を求めた者が離婚当時どこで生活していたかを考慮することは当然である。)。

三 遅延損害金の起算日

原告の本件慰謝料請求はいわゆる離婚慰謝料の請求であると解されるのであるから、離婚した日からその請求権が発生し、かつ遅滞に陥ると解するべきである。本件の起算日は、平成5年9月17日である。

四 結論

原告の被告に対する民法709条に基づく慰謝料の請求は、20万円及びこれに対する調停離婚の日である平成5年9月17日から完済まで民事法定利率年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由がある。

(裁判官 長久保守夫)

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